雨の日がよく続く。
コロナの影響もあって家にいる時間が多くなる。
工房に依頼があった。
部屋の壁紙の隙間が気になるから、ちょっと見て欲しいということだった。
教えてもらった住所にたどり着くと、赤い屋根の家が建っている。表札には『剛田』と書かれている。
結構新しい家だな。インターホンを鳴らすと出てきたのは20代後半くらいの奥様。
「どうぞ、上がってくださいな!」とリビングに通される。
リビングに行くと、ソファに旦那さんが座っていた。頬がパンパンに腫れている!!
殴られたのか?
「やぁ、よろひくね…。」と上手に喋れていない…。
奥様の話では、壁紙のクロスの継ぎ目が少しずつ開いてきているそうだ。
建てて3年しか経ってないのに、との事。
家を建てた会社に頼みなさいよ、とは思ったが言葉には出さない。
だって、お金貰えそうなんですもの。
ご夫婦には、いちおう説明をしておく。
クロスってものは基本、収縮するものである。
工事の際は壁紙にのりを付けて貼るのだが、ノリの水分で壁紙が若干ふやけて伸びる。
貼った壁紙が乾くと、元に戻ろうとして縮んでくる。
ノリでしっかりとくっついているとはいえ、年月が経ってくると、乾燥や湿気で隙間ができることが結構な割合で起こる。
工事する職人さんが、縮むことも見越して壁紙を貼るなんて事も出来なくもないが、ほぼ無理。
……私の説明は、全く聞いてもらえていないようだった…。
旦那のポケットからコンサートチケットの半券が出てきただの、
平日なのにETCカード履歴から鎌倉まで行っていた事になっているだの、叫びながら、うずくまる旦那を奥様が蹴り飛ばしていた。
私は、しばらく様子をみてみようと、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、フタを開ける。
棚からおつまみを探し、ポテチをゲット!
椅子に腰掛け、この夫婦のコントをしばらく眺めていた。
旦那は「違うんだ!」と連呼している。
奥様は「説明しろ!」と言い、旦那が話し始めようとする前に「言い訳するなぁ!」とキックする。
ポテチを食べ終わり、冷蔵庫の扉を開け、おかわりのビールがもう入っていない事を確認して、私は少しため息をつく。
『すみません!ご夫婦の隙間とクロスの隙間、どっちから直しましょうか?』
奥さんは笑顔で、「こっちの隙間は私が直すから、壁紙の方をお願い。」
な…直す気あるんだ…。私は敬礼をして作業に取り掛かる。
さぁ、やろうか。
一般にクロスの隙間は、継ぎ目が広がってるだけなので、隙間を埋めてあげればそれでいい。

ホームセンターなど行けば、ボンドコークっていう隙間埋め材が売っている。
ホームセンターに行けば600円くらいで手に入る。

でもコレ、ペースト状の材料で隙間を埋めて乾いた後、年月が経つと埃が付着して余計に汚れて目立つ可能性もある。
きちんと埋めた後に濡れ雑巾で拭き取りをしなくてはいけない。ちょっと技術が必要。
私ならこれを使う。『ベビーパウダー!』

白い粉で、赤ちゃんのお尻なんかにパタパタするやつね。薬局で500円くらいかな?
これを使うと細かい粉がクロスの隙間に入って見た目ほぼ目立たなくすることができる。

粉は白いから、白い壁紙限定ですが…。
家の壁、天井の隙間にパタパタし始める。

👆この隙間にパタパタしていく。

👆隙間が目立たなくなった。
素人でもコレひとつあれば、気になったら簡単に隙間を目立たなくさせることができる。
ただ、ボンドコークのようなペースト状の埋め材では無いから、壁をバンバン叩くと、粉が少し落ちることはある。気にはならないけどね。
さて、早く終わらせないと!あの旦那の危険があぶない!
補修を終えてリビングに戻った時には、意識を失い無抵抗な旦那を奥様が蹴り続けていた…。
『奥様!完了しましたぁ!!』ハァハァ
「あら、早かったね、まぁ、隙間全然見えなくなったわ!ありがとう!」と笑顔で答えてもらえた。
旦那、無事だろうか?奥様の気はなんとかそらせたが、気がついて逃げてもらえれば…。
テーブルに置いてあった、旦那のものであろう皮財布から8000円出して私に報酬として渡してくれた。
と、同時に財布から買い物レシートが落ちた。
それを拾って目にした奥様の顔が、千と千尋のカオナシのようになった。
カオナシは、無言で私の背中を押して玄関の外まで出すとドアを閉めた。ガチャと施錠の音がした。
旦那はどこに連れて行かれるのだろうか?
どうなってしまうのだろうか?
あの時、奥様はたしかに言った。
『こっちの隙間は私が直す』と。
壊したりはしないだろう…と思いたい…。