工房の仕事の依頼があるのは嬉しいが、『おうちのメンテナンス補修屋さん』みたいになってることに少しだけ、もどかしさを感じながら依頼があった家の前にたどり着く。
次男の珈琲屋で弟たちはポケモンのカードで遊んでいる。
こういう仕事はもっぱら私の仕事と定着してしまったようだ。
知識とセンスだけで、経験の無い私がこんなことしていて良いのだろうか?
貰い物だが、道具はあるのでなんとかこなせてはいるのだが…。
インターホンを鳴らすと、家のひとが出てきた。
海賊『白ひげ』のようなたくましい若奥様だ。
『窓の隙間からムカデが出てきた!なんとかしてください!』と、噛み付いてきた。
ムカデは何とかしませんが、隙間はなんとかします。と言いながら家の中に上がらせてもらう。

本当だ。隙間が空いている。
この状況から察するに隙間は「穴」ではないので外まで貫通していることはない。ここからムカデが出てくるわけではなさそうだ。
ラフテル目指してます!と言わんばかりの個性の強そうな奥様はとりあえず相手にしない。仕事をこなして報酬をもらい、帰るだけだ。
「逃げ傷」は無いのか?気になり奥さんの背中を見るが、ワンピースを着ていた。
たぶん10分の仕事だが、白ひげのムカデに対しての怖がりようも計算して、¥5000もらうことにする。
即答でOKがいただけました。毎度あり!
ではやっていこう!
隙間は2cm以上なければ、コーキングといって歯磨き粉みたいな材料を隙間に埋めて良しとする。
ただコーキングには用途がある。大雑把に3種類の中から選ぶ。
- シリコンコーキング
- ウレタンコーキング
- アクリルコーキング
この3種類だ。ちがいは、①水に強いか?②コーキングの上から塗装ができるか? これだけだな。
シリコンコーキングは乾きが早く、水に強いが塗装を弾いてしまう。主に水廻りや塗装を塗らない前提で外壁にも使える。
ウレタンコーキングは乾きが遅すぎるが水に強く、塗装もコーキングの上から塗ることができる。ただ、乾くのが遅い!
アクリルコーキングは乾きは早いし、塗装も塗れるが、水に弱いという不便さがある。
種類は一長一短、今回は室内なので、シリコンコーキングを採用する。
隙間にコーキングを充填する際、他にコーキングが付かないようにマスキングテープで養生をしてやる。

そのあと、コーキングを打ってやるのだが、コーキングガンという道具を使わないと、充填できない。

だいたいホームセンターで¥500くらいで買える
コーキング充填完了である。

そして、隙間に入れたコーキングのあまりを拭き取る作業をする。ヘラなど使ってやると、上手にできる。

私は指でぬぐい取るスタイルを好んでいるが、今回はヘラを使ってみる。

コーキングの拭き取りが完了したら、あとは養生のマスキングテープを剥がすだけ。
10分もかからない作業で¥5000とは⁉︎
時給¥30000の仕事ということでは…?
そうすると…えーと…1日8時間として…
今日だけで24万円儲けたの⁉︎ 私が⁉︎

マスキングテープを剥がして、掃除をしながら考える。
工房に戻って、24万円であいつらに何買ってやろうかな?今日はご馳走だ!この後トイザらスに行ってひとり1台ニンテンドースイッチライト買って、
ピザ10枚頼んで、食べながらスプラトゥーン2をやって…エアコンも冷房ガンガン点けてやるぜ! ヌルフフフ。ニヤけるぜ!
「はいこれ、ありがと、助かったわ」と、白ひげが報酬を渡してきた。
『ありがたき幸せっ!!』と受け取ったのは
ん?5000円札?…なんで?
『ふっざけるなっ!!』
私は白ひげの胸ぐらを掴んだ。こんなひどい話があるか⁉︎ 24万円の報酬が5千円だと⁉︎
掴んだ私の腕を白ひげが軽く捻ると私は宙を舞う…。
そのまま床に叩きつけられる。
私の頭を床に押し付けながら白ひげは言う。
『なんのつもりだ?用が済んだなら帰れ』

工房にたどり着くまでの間、私は泣いた。
小学生以来か?大声をあげ、人目も気にせずに流れる涙も拭くことさえせずに、泣いた。
私は、正直に生きてきた。不条理もたくさん笑って飲んできた。だけど今日ほど悔しくて、自分の力の無さを思い知ったのは初めてだった。
真面目に生きてきた。人並み以上の幸せは望んでこなかった。望まないようにしてきた。
だけどいいじゃないか!貰えたはずの24万円で弟たちと、幸せな1日が過ごせても!
たまには兄貴として「すごい」と言われたい。
たまには子供の頃のように兄弟で思いっきり笑い合いたい。
だが違う。あんな白ひげの力まかせな暴力に屈し、こうして工房の前に立っている…。
これが現実なのだ。
私は涙を拭いた。空を見上げる。負けてたまるものか!
前を向け!立って歩け!涙はもう見せない!
私は、今日を忘れない。絶対に!
明日に繋がる今日にする!絶対に!