ギルドーン

プレゼントの依頼と三男

この世は不思議に満ちている。

私達が今、こうして奇異な巡り合わせで「工房」をやっていること。

めんどくさがりで、飽き性な私が工房を続けられている事

そして、なによりも3番目の弟にあろうことか“彼女“がいる事!!

今回の仕事の依頼はその彼女からだ。

その彼女の友達の友達のおばさんが結婚するらしい。

その結婚式のプレゼントを彼女の甥っ子に手作りで作って!と頼んだが断られてしまった。

代わりに作って欲しいと工房に依頼してきたというわけだ。

先ほどから、三男はかたくなにダンマリを決め込んでいる…。

私と次男が、彼の向かい合わせでテーブルに座っている。

次男が再び問う。

『…で?依頼の報酬はいくらだ?』

三男はまだ横をむき、ふてぶてしくテーブルの上のコーヒーカップをにらみつけている。

少し口を開く…。

『そんなの…わけ…じゃ…ボケぇ…』

三男のつぶやきに対して次男がテーブルに両足を勢いよく放り投げて反応する。

『んダラァ!!あぁあんん?ダボぉぉ!』

温和な次男の反応が珍しく、このトムとジェリーのそれに似たじゃれ合いをずっとみていたいと思ったが話が進まないのでそろそろ止めよう。

「おいおい、それくらいにして…」

彼らをなだめようとした、その時、

『250円じゃあ!!あぁん⁉︎』

三男は叫んだ、私たちは絶句した。

開き直った三男は「いくら欲しいんだ?倍か?」とバチンとテーブルに500円硬貨を置いた。

『これで手打ちにしようや…なぁ!』

これで手打ちにした…。怖かった…。

依頼料500円、さてなにを作るか…?

やる気のない我らに三男は言った。      

『1番目!100均行って白いシールと紙コップ買ってこい!』

『2番目!その辺、走ってこい!』

小さく敬礼をして、2人は走り出した。

私は100円ショップに来ている。

好きなんだよねぇ、ここは楽園、ワンコインで愛以外の全てが手に入る。

今日は買うものは決まっている。       

白いシールと紙コップ…と、買ったものを何に使うのかは知らないが、早く買って戻らないとあのキレ気味の暴君にどやされる。

そもそも250円の依頼に対して100円ショップで材料200円買ったら、もう50円しな残らないじゃん…。

まぁ、三男が250円追加したから3人で缶コーヒー買っておわりだな。まぁ、いいか。

それから数十分、私は紙コップを探し続けている。シールはあった。紙コップが無い…。

別のものでも代用できるのか?数量すらも聞かずに飛び出してきてしまった。

とにかく、コンビニでも行ってみよう。紙コップくらいなら置いてあるだろう…。

店から出ると、ズブ濡れの次男がゼーゼー言いながら店頭でうずくまっていた。

『雨?』いや『汗』だ。           

さっき、2人で敬礼しちゃったが、三男のやつキレついでに次男に対して『その辺走ってこい!』って、言ってた気がする…。

汗と涙とヨダレまみれの次男に大丈夫か?と声をかける。

無意味なことしやがって…と抱き起こすと次男は不敵な笑顔を私に返した。         

抱き起こされる彼のシャツから紙コップがボロボロ落ちてくる…。

次男は『おれだってただ走り回っていたわけじゃあないんだぜ!』と、息もだいぶおさまってきたようだ。

紙コップの売り切れであせっていた私を、こんな形で次男が助けてくれるとは!

おおぉ、神よ、私は空を仰いだ!

2人でこぼれ落ちたそのカラフルで落書きだらけの紙コップを拾って…え?落書き?なぜ?

『ちょっ!おい!なんだこの子供の工作のような紙コップはっ⁉︎』

次男は照れ臭そうに、鼻の下を人差し指でこすりながら教えてくれた。

たまたま通りかかった幼稚園に、たまたま園児の工作途中の紙コップを見つけ、たまたま着ていたシャツにそれらを入れたと…。

帰り道、自分でも信じられないくらい速く走ることができたと…。

おおぉ、神よ、私は空を仰いだ…。

悔いても悩んでもはじまらない。私たち兄弟は強大な目標があるのだ!まずは工房に帰らなければ!

私は次男の背中を叩き、

『ドンマイ!そして、グッジョブ!』と言った。

すべてが我ら兄弟の為に回っているかのようだった。工房に走って帰る途中、私は自分でも信じられないくらい早く走ることができた。

工房に着くと、三男がコーヒーを飲みながら待っていた。

「遅いぞ」と言われ、軽く謝ったあと、テーブルに戦利品を置いた。

『これで何を作るつもりだ!依頼料250円だから、なにを作っても文句は言わせないぞ!』

笑顔でためいきをついてから三男はこう言った。

『手作りでいいんだ、甥っ子が作った贈り物なんだ、手作りがいいんだ…。いいか?お前ら、今からなにを作るかを…。』

突然ハッとした三男は、私たちに背を向ける。

三男の様子を見ていた私達の後ろから女性の声がした。振り向くと女性が立っていた。

その女性は三男の彼女だった。        

礼儀正しい挨拶と、自己紹介をしたのち、彼女は「このたびは…」と話を続けた。

『甥っ子がプレゼントを作ることに飽きてしまったから、どんなものでもいいから子供が手作りしたような物を作ってもらえたら嬉しい。』

『急な頼み事ですみません、お金は5000円以内くらいでできたらと思ってます。足りなかったら言ってください。』

…そんなことを、ゆっくりと、はっきりとサルでも分かるように私と次男に伝えて、テーブルに5000円札を置いてくれた。

きちんと伝わりました。依頼料は250円ではなく5000円でした。

私達2人は、彼女さんとコーヒーを飲みながら5分ほど雑談をし、明日中にはプレゼントを作っておきますと約束した。

彼女が帰ったあと、私たちはこちらに背を向け続けている一番下っ端外道の弟をみる。

彼女さんも帰り際、心配そうに彼の背中を見ながら帰っていった。

肩越しに見えた三男は親指の爪を噛み続けている。爪は半分くらいになっている…。

次男は彼の肩に手を置き、「おい、おなかははふくれましたか?」と聞いた。

「まだ食べ足りないなら買ってこいよ、5000円で!」

映画「エクソシスト」のように首をグルンと回し三男がこちらを凝視する。

そして急に高らかと笑いだす…。

『そうだよ?嘘だよ?ならばどうする?ここでヤるのか?』

『いいか、僕が250円と言わなければ、無駄遣いして終わっていただろ?』

『そもそも5000円なんて大金!もったいない!おまえらには250円で充分じゃないか?!』

『いや!250円でも高いわ!10円で釣りがくるわぁぁ!あは!あは!あはははははははは!』

私たちは三男をじっと睨みつける…。

『言っても分からぬ外道がぁ…』

『おい、次男坊!テーブルの上の依頼料5000円を大切に保管しておけ!コイツにはいっさい触らせるな!』

すると突然三男はテーブルの5000円札を盗ろうとした!

次男が外道の手を蹴り飛ばす!

外道は声を裏返して叫ぶ!

『馬鹿野郎!!ヒゲボケェ!誰を蹴っている⁉︎ふざけるなぁ〜!』

『おい!長男!こいつを蹴り返せぇ〜!なにをやっている!ぼ、僕の彼女はどこに行ったぁ〜……』三男は地面に這いつくばっている…。

「終わったな…」と次男が言った。